
バレエ教授法では、
生徒の人間性を失わないように指導すること
を、とても大切にします。
一体どのようなことなのでしょう?
随分前のことです。オペラのアリアの歌い方に関するとても興味深い話を聞きました。
中丸三千繪さんがお話していたと記憶しています。
歌い方の二つの異なる指導法についてのお話がとても印象的でした。
そのお話とは、
「日本では、高音を出す時、喉をこう開いて、身体をこう使って…と、このようなアプローチで指導されます。
イタリアの指導は、全く別です。
恋人を思いながら歌えば高い声が出るでしょう!って。」
そのアリアを歌うとは、どういう「こと(情景)」なのか?
と、「こと(情景)」から入っていくイタリア人のやり方。
一方、身体のどの部位を、どう使うのかという「もの(物質)」から入っていく日本人のやり方。
「こと(情景)」と「もの(物質)」では、随分と差があります。
バレエの話をしましょう。
バレエ教授法では、ステップの行い方が厳密に定められています。
そのせいか、凝り固まった印象があるかもしれません。
ですが、実際はそうではありません。
例えば、腕の第3ポジション。
ロシア・メソッド以外では、アン・オーと呼ばれる腕のポジションです。
腕の第3ポジションでの、視線と頭について説明します。
片腕だけ第3ポジションになったとき、
- 上に上げた腕の前側から視線を送る
- 頭が後ろに傾かないように注意する
と、無機的な表現をしますが、
人間性を失わないように、
- 太陽を覗くように視線を使う
- 太陽に頭を近づけるように(腕に頭を近づけるように)頭を維持する。
と表現することも忘れません。
そこまで含めての教授法です。
一方で、教授法では、解剖学的な表現を控えます。
その理由は、
人間性を失ったような動きになるから、とされています。
筋肉や骨のことを考えて動くと、動きからニュアンスが失われていきます。
動きのニュアンスを決して失わないようにすることが大事です。
そのニュアンスは、上半身で表現されます。
下半身ではありません。
ロシア・メソッドで、上半身を重要視する理由が、ここにあります。
解剖学を使うと、下半身をどう動かすか、に意識が行きます。
それでは上半身の表現が、見劣りするものになってしまいます。
バレエは動きのニュアンス、つまり上半身で人間性を表現するダンスです。
それが可能となるように教授法で導くのです。
バレエのはずが、ロボットのような踊りを見ることがあります。
「こと(情景)」がない「もの(物質)」の運動。
きっとそこには、教授法はないのでしょう。