公立学校では母国語で授業が進められるのが一般的ですね。
日本なら日本語で。
アメリカなら英語。
ドイツならドイツ語。
ところが、もし教科ごとに言語が異なるとしたらどうでしょうか?
国語は日本語で、
算数は英語で、
理科はドイツ語で。
と言った具合。
混乱しそうですよね。
さて、これをバレエに置き換えてみるとどうなるでしょう?
Aのステップに関しては、ロシア派。
Bのステップは、イギリス派。
Cのステップは、フランス派。
各メソッドには、バレエを完成させるまでのプロセスがそれぞれなりにあります。
したがって、そのプロセスを無視した教え方では、どの流派も身につきません。
上達の階段を上ることができないと言うことです。
もし上っているとしたら、それはどれでもない派。
A、B、C それぞれのステップをどのメソッドで教えているか知っているならまだ良いですね。
一つのメソッドに絞ればいいだけですから。
もし、知らないで教えているとしたら…。
それはつまり、自己流。良く言って創作バレエの階段となります。
創作バレエは否定されるものでないですが、それを古典バレエや伝統的なバレエかのように語ってしまうのは、偽称行為だと思います。
でも、一般の生徒さんからすると紛らわしいですね。
自己流と伝統の違いを見分けられるようになるには、それなりの鑑識眼が必要になります。
大人からバレエを始めたと言う方にとって、それは簡単なことではないと思います。
そこで、私がオススメする簡単な見分け方をご紹介します。
それは、
指導内容が言語化されているか
です。
なぜなら、バレエ教授法は、どの流派も言語化されているからです。
ロシア派やイギリス派、イタリア派などにはバレエの教科書があります。
フランス派は口伝とされていますが、そこにも言語的に継承されるバレエの言語があります。
それらの言語を介して、生徒たちは教師の言葉を理解し、その理解を身体で表現してバレエの様式美が再生産されていきます。
再生産がキーワードです。
一代限りではないんです。
受け継がれて行くのがバレエです。
ところが、
自己流創作バレエには、言語がありません。
感覚を生徒に伝えようとします。
感覚を伝えること自体は否定されるべきものではありませんが、感覚は言語化できません。
そのため、流派としての形式や様式美の再生産にはつながりません。
ここに、感覚を重視した指導の脆さがあります。
寝食を共にし、価値観を共有する中で師匠の持つ感覚を弟子に伝えていくというなら別ですが、
レッスンと言う限られた時間と空間の中で伝えて行くには、やはり感覚ではなくて言語が必要となります。
また、生徒さんが、ネットを介してバレエを学ぶには、感覚よりも言語の方が相性がいいですね。
せっかくですからこれも活用しましょう!
言語は文字として伝えられますからね。
ということで、ネットを活用して教師がバレエの知識やステップの行い方を言語で伝え、
生徒さんがそこから学ぶというパターンが繰り返されて行くと、
ヘタな教師より生徒さんのほうがよっぽどバレエに詳しいなんてことにもなり得るわけです。
そうなると、教師選びも随分楽になるし、間違いが起こりにくくなるのではないでしょうか。
と言われてもすぐには出来ないかも知れませんね。
そこで、感覚重視の教師(感覚教師)を見分けるために、次のようなアンテナを張ってみてください。
「私はこう感じたから、あなた達も同じように感じてください。」
実際の言い回しは違うかもしれませんが、感覚を伝えようとしているかどうかです。
しばらくすると、
「あ、この先生は感覚教師、
こちらは言語教師」
みたいな違いが分かってきます。
こうなればしめたものです。
この違いを分かった上で生徒さんが教師を選ぶ。
国立のエリート養成校なら教師が生徒を選びますが、大人リーナはその逆です。
これが、大人リーナの生徒さんが、楽しく上達できる道です。
なので、まずは、感覚で教える先生から遠ざかってください。
まとめます。
- バレエには流派がある。
- 各流派の形式や様式美は言語で伝えられる。
- 感覚教師からは遠ざかる。
以上です。
PS
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